5月1日(金) ノックアウトされる

 快晴、27℃。さすがに暑すぎる。

 大型連休後半を控え、仕事はなーんにも動かない。しょうがないので、2カ月先のPR誌のためのコラムを書いて、むにゃむにゃ過ごす。

 昼前、甥からメールがあり。これ幸と、今晩会うことにする。夕方の有楽町は心なしか、人通りが少ない気がする。交通会館の中の「まちからむらから館」を物色。この間取材した折、買って帰って旨かった静岡の生シラスを探すがなかった。うーむ、残念。駅に近い居酒屋で、7時から1時間半ほど甥と二人飲む。同じ小田急沿線に住んでいるが、会うのは今年初めて。仕事はそれほど忙しくなく、いくぶん退屈そうでもある。自分が同い年だった時のことを考えると、ずいぶん違うものだ。3年限定の東京暮らしで、何か将来の核になるものが見つけてくれればと思う。

 久しぶりに荒木町のバーを覗く。いつものは常連さんがカウンターに並ぶのだけど、誰もおらず、ママのY子さんのみ。おかげでリラックスして、下らない世間話に花を咲かせる。あまりのくつろぎっぷりに、甥は少し引き気味だった。新宿まで戻り、小田急に乗り換えて、止せばいいのに南新宿下車。先だって寄ったばかりのバーで1杯。甥を帰した後、若者と2杯か、3杯か。しっかり領収書を貰って精算したが、記憶は途切れ途切れ。こういう大人になってはいけません。大反省!


5月2日(土) 知人の病気話に考えさせられる

 快晴、27℃。昨日と同じような天気。

 寝不足で二日酔いだというのに、8時に目が覚めてしまう。予定もなかったので、再び睡魔が襲われるまで1時間半ほど仕事。二度寝して、すっきりする。

 午後、ずっと原稿書き。合間にPR誌用に企画を考えるが、取材先候補を絞り込めず、なかなか難しい。まあ、いつもと同じペースではあるけれど。夜中11時、酔っ払いの友人から携帯電話。こちらの事情を斟酌せず夜中に掛けてきては自分の話したいことだけを話す男なので、適当にあしらうつもりが、知人が直腸がんになったという知らせだった。もともと製版会社の営業マンで、職業上の接点はそれほどないが、それでも30年前から知っている。半年前から腹の調子が悪かったのを軽く考え、病院に行ったらステージ3と告知されたとか。何をやっているんだ、まったく。友人も3年前には血液のがんに罹ったが、抗がん剤治療が効いて3カ月ほどで現場に戻った。大事に至らないことを祈るばかりである。

 人生、50代半ばになれば、体もあちこちガタついてくる。今は健康だけど、来年の健康が約束されているわけでもにない。悔いなく生きなくちゃと思う。昨日の今日なので、酒は薄い水割りを嘗める程度。それでもNHKの「ランドマークから見た戦後70年」、「明治神宮」が面白くて3時過ぎまで観てしまう。なーにやってんだろ。


5月8日 (金) 西新宿と南新宿をうろうろする

 快晴、27℃。

 朝イチ、人生初のMRIを受けるため自転車で西新宿へ行く。頭を打ったわけでも、耳鳴りがしたり、言葉を出しにくかったりするわけではないけれど、軽い頭痛が1カ月ほど消えない。その話をかかりつけのクリニックで伝えたら、急遽MRIを取りましょうとなったのだ。余裕をもって出たが、地図が省略しすぎて分かりにくく、5分ほどうろうろ。こういう時に限ってスマホを忘れる。えーい。幸い、開店準備をしていた中華料理屋さんに教えていただく。

 MRI自体は20分ほど。経験された方はご存じかもしれないが、スキャン中は建設現場に放り込まれたようにうるさく、ヘッドホンをしていてもガンガン、ガリガリ、ウィーンウィーン、ストトトトトと来る。が、寝不足気味だったのでうつらうつら……するうちに終了。料金は8000円なり。思っていたより安くすみ、気分を良くして昼ご飯用に天ぷらを小田急で買って帰る。

 昼食を挟んで、夜まで原稿書き。仕事に飽きて10時過ぎ、先週記憶をなくした南新宿のバーに詫びに行くと、「最後まで普通に飲んでましたよ」とのこと。こちらはてっきり酔いつぶれて寝たものと思っていたのだが、そうでなくて良かった。週末だけあって、4畳半ほどの店はあっという間に20代の若者でいっぱい。年寄りとしてはいたたまれなく、1時間で退散する。

 はあ、それにしても頭痛の原因はなんだろう。結果が早く知りたいなー。


5月9日(土) 東北沢をふらふらする

 曇って、21℃。夜は少し雨でした。
午前中、原稿書き。一時中断してジョギングへ。いつもより遠回りしたのに、時間は10分短縮。おっさんも、やればできるのである。午後、ずっと原稿書き。土曜日だというのに代理店から連絡があり、取材をねじ込まれる。で、担当よりクライアントの親会社が株の公開買付を始めていること、上場廃止される見込みことを淡々と伝えられる。そうなると5年続けてきた仕事もなくなるわけで、いやーな感じ。4月も1社あったので、まったく頭が痛い。

 原稿書きを再開し、夜まで仕事。2週間ぶりの休みのツマと、前から行きたかった東北沢の焼鳥屋へ。駅から歩いて10分ほどかかる人影まばらな商店街ながら、ネットでは人気店とのこと。そこまで行って駄目ならイタイので、その時は笹塚に行くことに決めて出かけると、運よく2席だけ空いていた。焼き鳥の塩加減が絶妙(白レバー焼きは最高)で、びっくりするほど安い。日本酒が1種類しかないことと、少々席が狭いことを除けば満足だった。親方は「居酒屋兆治」の高倉健のような渋い男で、かっこいい。こういう普通の良店が近所にあればなぁ。

 時計を見ると、まだ8時半。帰るにはまだ早かったので、道路の拡幅工事で東大寄りに水平移動した寿司屋に開店祝いに伺う(といっても1年も前にオープンしたのだけど)。前は暗い内装だったが、今度は明るく、おしゃれ。値段だけは相変わらず良心的で、うれしい限り。焼き鳥を食べてきたので、ほんの少ししか食べられなかったが、〆鯖と鰹がうまかった。今度は腹を空かせて行かなくては。

 10時ではあったが、そのまま帰宅。ウイスキーを1杯だけ飲んだら、ジョギングの疲れが出たらしく眠ってしまったもよう。


5月10日(日) 詩人の訃報が目に沁みる

 快晴、27℃。夏が近いなぁ。

 テレビのニュースが、詩人の長田弘さんが亡くなっていたことを伝えていた。75歳だった。長田さんには20年以上前にある広告の仕事をお願いし、井の頭公園で撮影させてもらったことがある。遠い遠い昔、コピーライターになったものの、自分の仕事の着地点が見つからずにいたとき、この方の随筆を読んで霧が晴れた。「言葉自身は人を褒めるために使われることを夢見ている」。たしか、そんなような。言葉も生き物なのだ。言葉自身に感情がある。優しく丁寧に使われたいのだ。生まれて初めての感覚だった。それから15年ほど後に手紙を書き、お会いすることができたのだけど、ご本人もまた本当に素敵な方だった。撮影の後、蕎麦屋で食事をしたのだけど、穏やかな微笑みと訥々とした話し方に幸せな気分に浸ることができた。ずっと話を聞いていたかった。懐かしい思い出である。自分と同じように、詩や声を通じて励まされた人は多いだろう。また、この世に置いていってくれた詩を通じて、これから先も慰められる人は多いだろう。その節はお世話になりました。ゆっくりお休みください。合掌。


5月14日(木) 汗と冷や汗をかく

 晴れて30℃。蒸しあぢーっ。

 朝からムシムシとして暑く、まるで梅雨が明けたかのよう。前橋では30℃を超えたらしい。去年は涼しくすごせたが、今年暑くなのだろうか。

 午後3時回ったところで代々木へ……だが、余裕を持って出かけたというのに、携帯電話を忘れたことに気づき、500mも歩いたところで、あたふた戻る。ただでも暑いのに、いやな冷や汗が背中を濡らす。幸い、タクシーがすぐ拾えたため1本だけ遅い電車に乗れた。某社社長にインタビュー、きっかり1時間で完了する。この会社、ジャスダックに上場していたが、親会社の完全子会社になることを選んでただ今TOBの最中。この間、株価は5倍に急騰したもので株主は棚から大きなボタ餅。経営陣も、これで目先の利益を追わずに大胆に投資ができるとのことで悲壮感がない。割りを喰うのは、5年続けていたインタビューの仕事がなくなるこちらだけだ。先代社長、現社長、ずっと担当だった広報部長も含め、皆さんとても人がよく、そうした方々と会えなくなるのは寂しいなと思う。

 地下鉄で赤坂に移動。某代理店にて6時半から雑誌広告の件で打合せ。入稿は来週に迫っており、かといって化学薬品メーカーのため法務チェックが厳しく、表現は冒険できない。ここは「通す」ことを最優先して、超安全パイでいきましょうということで、意見がまとまる。つまらないといえば、つまらないけれど、相手は大企業。ここからスタートするのも悪くない。それにしても赤坂という場所柄なのか、きれいな女性が多いこと。目の保養になる。

 帰宅して、雑誌広告のポイントを整理。それから、夕方取材したテープを起こしていく。1時半、なんとか終えることができた。あー、忙しくて幸せ。


5月16日(土) どっちにしても頭が痛い

 小雨、24℃。

 朝から弱い雨が降り、ジョギングに出られず。しょうがないので、某社事業報告書の原稿書き。午後3時過ぎ、先週撮った頭部MRIの結果を聞きに近所のクリニックへ向かう。院内は年寄りばかりが2組、後から来る方も車椅子に乗った人か、手押し車のおじいちゃん、おばあちゃんばかり。どうしたのだろう。いつもより待たされ、1時間後、やっと名前を呼ばれる。お医者から何も問題がないことが伝えられ、安堵する。それはそれで良かったのだが、そうなると頭痛は眼鏡のレンズが合わないことが原因か。2月に眼鏡を作っをまたも作り直さなくてはならないとしたら、それはそれで頭が痛い。

 夜まで原稿書き。10時半に終わったのでツマに電話すると、先ほどお客さんが帰ったばかりとのこと。早く終わったらどこかで飲んでいると言っていたので、それに期待したが、まだ店で、これから後片づけではしょうがない。悲しいかな、近所には夜遅くまで開いている焼鳥屋がなく、最後の手段で最近居酒屋メニューも出すようになった吉野家に行ってみることにする。が、おつまみのオーダーは10時45分まで。やむなく牛皿とポテサラを頼んでビールを飲むことに。しかし、いかんせん、ごはんを食べている人の横では落ち着かない。「吉飲み」って、本当に需要があるのだろうか。30分で店を出て、自宅で飲み直す。今週はバタバタが続いたせいで、1時半には眠くなってしまった。あー、安上がり。


5月17日(日) 番外 ちりめん山椒、仕込みました!

 ぼちぼち山椒の季節。少し時間があったので、みっちり1kg、ちりめん山椒を仕込みました。いつもはピザに乗せているけど、今年は新作を何か作ろうかな。ちょっと考えます。

5月20日(水) ニッカはちょっとなぁ

 快晴、27℃。

 寝不足ながら、仕事に押されて8時起床、すぐさま仕事に取り掛かる。2時、化学薬品メーカーの広告の依頼。ギャラを聞いて、笑ってしまう。3時過、昨夜押し込まれた不動産広告のキャッチフレーズの追加案の依頼。どれもこれも急ぎだが、予定外の依頼はうれしい。午後4時、別件PR誌の原稿をクライアントに送信して、30分ほどベッドで休む。夕方からは不動産広告のキャッチ制作。3時間ほど悩みまくってメールすると、10分もしないうちに代理店からOKが出た。ギャラの額はかわいいけれど、手離れがいいのはありがたい。よろこんで了解しましたメールを送る。

 別件の仕事を少しだけしたが、再び睡魔に襲われ、12時に業務終了。夜中のウイスキータイム、今日はニッカ「余市」を初めて飲んでみたが、昨日までのサントリー「響」がブレンデッドだったせいもあり、モルト香が強すぎる感じ。楽しみにしていたのになぁ。1時過ぎに帰宅したツマとテレビを見ながら、あれやこれや。疲れたけど、まあいいかという一日だった。


5月23日(土) 札幌・狸小路の夜を堪能する

 快晴、札幌は21℃。

 昨日から数年ぶりに帰省し、北海道にいる。兄の一家が暮らす苫小牧はここしばらく愚図ついた天気が続いて、寒かったそうだが、こちらを待っていたかのように素晴らしい天気になった。空は真っ青、風がひんやりしていて実に気持ちがいい。昨夜は兄とずいぶん酒を飲んだが、二日酔いにはならなかった。朝、兄夫婦の車に乗せてもらって墓をお参りし、長沼という、いかにも北海道の農村地帯という町を抜けて札幌へ向かう。車中、家族の近況を聞き、皆、落ち着いた暮らしをしているそうで安心する。ともに80歳を過ぎた叔父と叔母はだいぶ草臥れていたものの、それなりに元気でよかった。もう一軒、3カ月ほど前になくなった叔父の家を訪ね、仏壇で手を合わせた。気持ちがさっぱりした。いい気分で話をしていたら、あっという間に18時。慌ただしくおいとまし、兄に最寄りの新さっぽろ駅まで車で送ってもらう。友人夫婦とは狸小路の店で19時に待ち合わせしてあり、余裕があったつもりだが、東京のように電車が次々とやってくるわけではなく、駅からもホテルまでの距離もけっこうある。さらに、夜になるとこちらの視力がぐっと低下するため、宿の周りを無駄にひと回りしてしまった。結局、大遅刻。大汗をかいてしまう。

 狸小路の外れはお洒落な個人商店が集まっている、札幌で一番お洒落なエリア。指定された店は築50年ほどのエレベーターなしのビルにあり、中華でも和食でもない不思議な料理を食べさせてくれるところだった。皿の選び方、盛りつけが見事、味付けは繊細。北海道というと食材の持ち味に過剰に依存した料理が多いのだけど、それを見事に裏切ってくれた。特製シュウマイ、パクチーのサラダ、北寄貝の冷製なんとかが、すこぶる美味し。おしゃれすぎてオッサンには照れくさいが、ここはぜひもう一度食べに来たい。

 友人夫婦はかつて二人とも札幌で暮していたが、道東の弟子屈という町にたまたま気に入った土地を買ってしまい、340キロの距離をものともせず、自分たちで家を建ててしまった。今は奥さんが自宅の1階で器食器と小さな料理屋を開き、ご主人は札幌で編集や印刷関係の仕事をし、札幌と弟子屈を行き来している。今年は大雪に見舞われ、ずっと溶けないのではないかと心配したぐらいだったが、今はようやくエゾザクラが咲いているそうだ。仕事のこと、酒の失敗のこと、奥さんがかつて働き、自分が常連だった店の後日談など、延々話をし、それでも足らずスノッブなバーに連れていってもらう。ご主人はウイスキー党で、かつてプレミアムな酒をハーフショット3杯飲んで1万7千円を取られた前科を愉快そうに話した。奥さんは自宅で開いた漆器の個展の話を、これも楽しそうに話した。二人とも地に足が付いた暮らしをしているようで、こっちまで嬉しくなった。12時にお開き。今度は弟子屈で会いましょうと言って別れた。疲れたけれど、兄夫婦、友人夫妻のおかげで充実した1日が過ごせた。今度はもう少しインターバルを狭めて、北海道に帰らなくちゃいけないなぁ。


5月27日(水) ビールの誘いが高くつく

 快晴、30℃。2日続きの真夏日となる。

 朝イチからPR誌の原稿書き。書いては消してまた書いてを繰り返し、4時フィニッシュ。メールして今日の仕事が早くも終了してしまった。急に暑くなったので、今年一度も飲みに行っていない先輩ADに「ビールでもやりませんか」と電話すると、二つ返事でOKとなる。車で通勤している先輩に自宅近くで拾ってもらい、明るいうちから中野新橋の居酒屋で飲み始める。あー、天国だなぁ。山形の山菜(カラハナソウだったか)の煮物と、トウモロコシの新生姜の天ぷら、うまし。ビールから日本酒、ホッピーに替えて、2時間ほど。微酔いになったところでお開きにするはずが、奥さんが出張の先輩がどうしてもバーで飲みたいと駄々をこね、パークハイアットのラウンジで飲み直すことにする。空はあいにく雲が広がっていて、星が見えないのが残念だったが、ここで美味いウイスキーをゆっくり飲むのは超気持ちいい。1時間でおあいそ。先の居酒屋でごちそうして貰ったので、ここの支払いはこちらが持つことに。軽くビールのつもりが、高くついてしまった。タクシーが帰る先輩を見送り、まだ9時過ぎだったので、南新宿のバーでさらに2杯。記憶がすっ飛ぶ前に帰宅する。あー、飲みました。いや、飲みすぎました。