NO DRINK,NO LIFE

ふらふら日記

反省すれどもシンポなし

店の話は出てきません テイシュの日常をダラダラ書いています


22年1月8日(土) 紅芯大根を探しにふるさと村を目指す

 快晴9℃。

 ツマは午後、所要のため群馬へ。仕事は入っていたが、神経質になるほどのスケジュールでもなかったのでジョギングに出かけることにした。

 道端には一昨日降った大雪がいまだ解けておらず、日陰を行くときには足を取られそうになる。いつもは三輪緑山〜こどもの国駅コースを行くことが多いが、年が明けてすでに2回行っているので、寺家ふるさと村を目指すことにした。年明けの3日に火事で焼け落ちたお寺(高蔵寺)の横を通り、椙山神社の脇を抜けて片道3.5kmぐらい。足の調子もよく、ほぼ走り通すことができたことに自分でも少し驚く。が、村の中心にある直売所は今日までお休みの張り紙が…。しょうがないので少し戻ったところにある小さなお店で野菜を物色し、自家製漬物を購入する。店の主にこの近くで紅芯大根を作っている農家さんがあるのか尋ねると、たしか○○さんが作っていたようなとか。素晴らしい。これで楽しみが一つ増えた。帰り道は歩いたり、走ったり。トータル約1時間。風は冷たかったが、うっすら汗がかけた。

 シャワーを浴びて、仕事開始。年明け早々に入った広告の仕事をのたりくたりと過ごす。提出まで少し間があるので9時過ぎに切り上げ、BS放送でやっていた鬼平犯科帳を見て酒を飲む。あー極楽、極楽。やっぱり吉右衛門はいいなぁ。すっかり堪能し、ツマが帰宅した11時の時点ですでに酔っぱらってしまっていた。

22年1月4日(火) 今年もよろしくお願いいたします

 快晴12℃。日中は暖かいけれど、夜は体が凍えます。

 朝から地味に年またぎの原稿を書く。地味に本日、虎の子は仕事始めということで、ツマはいつもより少し早めに店に向かった。つい1カ月前はコロナ禍も終息かと思ってきたが、オミクロン株に変異してからはまたも感染拡大。3年目だというのになぁ。

 仕事は9時過ぎに終了。まあ第1稿はこんなものだろうと見切りをつけて、送信する。以後、撮りだめていたVTRを見ながら、一人酒。香取慎吾の山本五十六役をやっているドラマを見たが、テーマは良かったが、俳優たちの芝居はぎりぎり感がいま一つ伝わってこない。それにして元SMAPがあんなに太っていたとは。まるで西郷どんではないか。

 12時過ぎにツマ帰宅。外気温は0℃らしく、嘆くことしばし。ただ、年明けから一見さんカップルがご来店とかで、幸先よし。今年はいい年にしたいなぁ。

21年12月28日(火) 椅子に別れを告げ、納会を愉しむ

 快晴9℃。

 20年以上使い続け、くたびれていた椅子を粗大ごみとして処分するべく昨夜マンションのごみ置き場に出したが、朝行くと姿が消えていた。モノとはいえ、捨てることに若干心がざらついていた。明らかな犯罪ではあるが、再利用していただけるのはありがたい。泥棒に感謝するのは人生初めてである。さらに午前中、使い物にならなくなった大型PCモニター(こちらも15年来の骨董品)も回収業者にピックアップしてもらう。机周りが急に明るくなり、以前にも増して光が溢れるようになった。これはこれでよし。

 虎の子納会のため、夕方外出。すでにご常連が4人様がカウンターで寛いでおられた。こちらが着いて30分ほどしてもう1人のご常連がいらっしゃり、気の置けない世間話で盛り上がる。ご夫婦のお二人、2泊3日九州で美味いものをしこたま食べてこられたそうで、Aちゃんはほぼ皿に手を付けず。Tちゃんも食べるためだけに博多を回られたことがあるそうで、大量の料理写真を見せてくれた。そんな旅もあるんだなぁ。三々五々お帰りになり、こちらは最終電車で帰宅する。ひとつ前の駅の上りホームのベンチで女性が眠っていた。とうに終電は終わっているが、この後どうしたのだろう。

 今年は2カ月ほど店を休み、その前後も変則営業を強いられた。おかげで働いた感がまったくしないとツマの弁。こちらはそれほどでもないが、去年なくなった仕事が復活せず、年末はペースダウンすることになった。来年のことは予想がつかないが、いい年にしないといけないなぁ。

21年12月25日(土) 年忘れフレンチを堪能する

 快晴14℃。暖かーい。
 
 朝から地味に仕事。日中は近所をジョギング、6kmほど。仕事を再開し、夕方地元のフレンチレストランに出かける。去年はタクシーで行ったが、本日は歩き。風は強いものの、足が痺れるほど寒かった去年とは違い、文句も零すほどでもなかった。

 店は古民家を改装した邸宅跡。出される料理は鰹出汁こそ使わないものの、バターを多用せず、シンプルな味付け。箸も用意されており、うれしい限り。寒鰤と大根の煮物(フレンチではポトフになるのだろうか)をはじめ、前菜がことのほか美味。あとデザートが見事だった。ほかにもうまいもの尽くしだったが、料理名は失念。よーく食べました。ちなみに隣の夫婦はずーっとタブレットとスマホをいじり、奥の家族は水以外に飲み物を注文せず。それに引き換えこちらは、熱燗、ワインボトル、グラスワイン。料理を運んでくる女性が「お二人ともお強いですね」と呆れていた。

 腹ごなしに帰りも歩くことに。空には雲一つなく、星がきれいだった。何はともあれ、いい夜だった。

21年12月18日(土) ジョギングの帰りにコンニャクを買って帰る

 快晴8℃。冬らしいではないか。

 雲一つなく、風も吹かない。こういう日は体を動かさなくてはもったない。で、昼過ぎ、鶴見川沿いを下るコースをジョギングする。日陰は寒いが、日なたは暖かく、変化がなかなか楽しい。このところ余り走っていなかったが、体の調子がよく、寺家のふるさと村まで足を延ばす。谷地に田んぼと畑が広がる横浜とはいえない風景が人気で、年末だというのに結構な人出。皆さん、行くところがないのだろうな。

 何度か立ち寄ったことのある野菜直売所をチェック。こんにゃくを柚子入りの出汁で似たものがあり、手に取るとまだ暖かい。で、つい購入してしまう。帰宅まであと4km。ちゃぽちゃぽ言わせて走り続ける。それにしても里山の風景は見ていて楽しい。だんだんこの眺めが馴染み、自分の居場所になってきている。

 日が暮れて地元の中華料理屋へ。なぜか定時に開店しないことに苛ついて1度しか寄ったことがなかったが、本日はやっていた。相変わらずギョウザはうまかったが、紹興酒が温く、すこーし残念。店内は忘年会の団体もいて、大繁盛していた。隣のテーブルが母子が出ると、すぐさま男子大学生の男3人組が座ったが、だれも酒を注文しない。スマホを持って行儀よく定食を食べているのをチラチラ見て、ツマともども鼻で嗤ってしまう。あー、いやだいやだ。

21年12月16日(木) 3年ぶりの常連さんと再会する

 曇って16℃。やや暖かいかなと。

 仕事、サクサク。こんなに静かな年末はいつ以来か分からないほど。うれしい反面、もう少しバタつきたいとの思いもあったりして、人間はどっちにしても悩むようにできているのだろうな。

 夕方、体のメンテナンスのため代々木上原へ。いつものように凝り固まった背中と腕を中心に揉み解してもらう。35年酷使してきた腕は痛みが半端ではなく、何度も叫びたくなるのを我慢する。仕事を離れない限り、この痛みは続くのだろうが、それにしても、それにしてもである。あー、つらいこと。40分間の苦楽を終えて駅ナカで蕎麦を啜る。それで帰るつもりが、LINEで店にウマが合う常連さんがいるということをツマが知らせて来たので寄ることに。腹がこなれるまで時間がかかったが、いつものように日本酒を2合、あとは焼酎を。

 3年ぶり、今は国家公務員になった常連さんが来店。久しぶりの会話を愉しむ。後にその方の飲み仲間も来店し、あれやこれや。無責任な世間話を肴に2時間ほど過ごし、今度こそ帰宅する。少しずつ日常が戻ってきたのかな。まあ、今日のところは楽しい酒でした。

21年12月5日(日) 観葉植物の土を替える

 快晴11℃。少し冷えるなぁ。

 ベランダに置いたシマネトリコが例年に比べて元気がなく、盛夏を迎えてもいつもの年のように葉が伸びなかった。大きな鉢に入れ換えたのが5年ほど前。おそらく根が廻り過ぎているのだろう。そろそろ土を入れ替えてやらなければ。で、やおら園芸用のスコップを持って作業を始めたのだが、細かい根が回った土は硬く締まり、刃先がまったく刺さらない。で、ツマがいつぞや買った雑草抜き用の土起こし道具があったので、ぐいぐい押し込んでみると、辛うじて掬うことができた。ただ、一度で掘り出せる土は大きなスプーン3杯ほど。業者に頼んだ方がよかったかなとも思ったが、まあ、これをやりきれなければ亭主の沽券に関わる。ツマに悪口を叩かれるのも癪なので、邪念を払って作業続行。結局2時間半格闘してしまった。腕も背中もバンバンに凝り固まり、大汗をかいた。体重も500g減。我ながらすげー。ベランダには紅葉がもう2鉢あり、それもいずれはやらなければならないが、今日のところは限界である。シャワーを浴びて仕事を少しだけやって5時半過ぎ、馴染みの蕎麦屋に出かけた。

 日が暮れるとすっかり冷え込み、そのせいかぬる燗がばかうま。豚肉の麦味噌焼きもいい案配である。亭主は相変わらず無愛想だが、そのぶん奥さんは声をかけてくれる。あー、満足満足。筋肉痛もたまにはいいもんだ。

21年12月1日(水) 名ホテルの庭を歩く

 曇って20℃。まー、暖かいこと。

 11時過ぎに取材のため、人生3度目となる目白のホテルを目指す。名前は知っていたが、足を運ぶのは初めて。とある会合が始まるまで1時間半もあり、それまでは何もすることがないので、庭を散歩する。結婚式を挙げたばかりのカップル、お見合い写真でも撮っているのか着物姿のお嬢さんが何組も。あまりに庭が素晴らしく、まるで別世界である。仕事とはいえ、来るべきところでない来ている気がしてが妙に落ち着かなくなる。

 会合2時間みっちり。皆さんマスクを掛けたまま発言するのだが、スピーカーの状態もよろしくなく、聞き取り辛い。テープ起こしのことを考えると、ちょっと憂鬱である。朝飯を食べたきりだったので、目白駅に近い中華料理屋でつけ麺を食べて帰宅する。以後、仕事を再開するが、ペースがまったく上がらない。スケジュールはそれほど迫っていないことを言い訳にして、19時過ぎに任務放棄して、酒を飲む。

21年11月24日(水) 相鉄線の平和な風景に幸せになる

 快晴、16℃。

 自宅の住所表示が変更になった関係で、おとついと今日は役所をうろつく。今日は武蔵溝ノ口にある年金事務所に書類を提出し、そのまま南武線を下って武蔵小杉で東横線に乗り換え、横浜の馬車道にある法務局へ行き、会社の本店移転届けを提出した。以前の住まいであれば、往復1時間で片づいたことが、今では半日仕事である。同じ横浜でも高島町は夏に仕事で行ったが、港の近くまで来たのは10年ぶりぐらい。すっかり高い建物だらけになり、風も強く、歩くのがつらいほど。感じの良さそうな店があったら早い夕食でもと思ったが、気持ちが萎えてしまい、横浜駅ビルの中でトムヤンクンそばを食べた。久しぶりのタイ料理だったが、感動は少なめだった。ざんねーん。

 帰りは人生で一度も乗ったことがない相鉄線で大和まで行き、そこで小田急線に乗り換えて帰宅するルートにする。横浜が始発なので座ることができ、本を読んでいたのだが、目の前に1歳ほどの女の子が若いお母さんの様子がかわいらしく、あまり中身が頭に入ってこなかった。お母さんはだっこ紐で赤ちゃんを抱えていたのだが、目の前に手すりにつかまりながらセーラー服姿の小学2年生ぐらいの女の子が立っていて、目線がほぼ同じ高さ。その子が赤ちゃんをニコニコ顔で見ていると、赤ちゃんも笑って手を伸ばそうとする。最後に軽く握手をして女の子が電車を降りると、赤ちゃんがぐずりだした。が、2駅ほど進むとさっきとは違うセーラー服を着た小学校高学年の女の子が乗ってきたものだから、女の子はおねえちゃんが戻ってきたと勘違いして大喜び。ダーダー言いながら手を振っていた。その間、10分足らずだったが、すっかり幸せな気分になった。相鉄線に乗って、ああよかった。

21年11月19日(金) 皆既月食の夜に鰹節を堪能する

 曇って17℃。

 夕常連ご夫妻が鰹節と削り器を持参して小さなパーティをやるという話をツマから聞き、日がとっぷり暮れてからいそいそ虎の子へ。駅に向かう途中、橋の上で月を見上げる。本日、満月の皆既月食。が、乱視なので哀しいかな雲がかかっているのか、月食なのか自分の目では判別がつかない。スマホで撮影して、ようやく月食だということを知った。

 虎の子の扉を引くと奥さんがまさにガシガシと引いており、旨味をまとった香りが店の中にふんわり広がっていた。日本橋の老舗Nでは職人がそれこそ名人芸で超薄ーい鰹節を削るが、こちらは原価計算に頭を悩ませることなくガシッと厚く削る。なもので、一枚一枚食べごたえが抜群である。三つ葉にワシッと乗せて醤油をほんのひと垂らししてから口に運ぶと、まー、舌が喜ぶこと、体も喜ぶこと。体の中をさわやかな風が巡るようである。うまいなー。日本人でよかったなー。それとは別メニューの、釜揚げシラスにエシレバターを載せたひと口飯も、うまかった。料亭でも高級レストランでも味わえない、贅沢な料理が愉しめた。

 虎の子は常連さんがやって来たが、こちらはすっかり酔っ払ってしまい、9時半に店を出る。下北沢のスーパーで買い物をしてから馴染みの店を覗いたが、ほぼ満席。常連さんが席を詰めてくれそうになったが、シールドもないし、席も近過ぎて怖い。ちょっと迷って今日のところは諦めることにした。

 帰り道に再び空を見上げると、雲は消え、大きな月が昇っていた。

21年11月14日(日) 自転車を乗り回す

 快晴19℃。このところ、ずーっとこんな天気で素晴らしい。去年は風の強い日が多く、毎日落ち葉掃除をしていた記憶があるが、今年の秋はほんとうに穏やかだ。

 朝食後、ツマと鶴見川沿いを自転車で散歩。JAがやっている野菜販売所で、冬野菜を買い込む。値段はさほど安くはないが、モノは新鮮で、種類は豊富。ただ自宅から4kmも離れており、そこがなんとも。お隣にある園芸店を覗き、スーパーで酒を買って帰宅する。往復1時間足らずだったが、いい運動になった。

 このところ仕事は順調に進み、かえって何か問題が起こりはしないかと心配になってしまう。すっかり貧乏症になってしまったもんです。

21年11月8日(月) 寒暖差が大き過ぎる

 快晴の後、雨。21℃。

 2週続けての取材のため、南武線の某駅へ。日中は無風快晴で、クライアントまでの15分ほど歩いただけで汗が出るほど。今年上半期の業績は業界全体がすこぶる好調だったそうだが、クライアント社の売上は1年前と実に2.5倍とか。それまでの5年間の苦労が嘘のようと、社長自身がおっしゃっていた。ただ、船で運ばれてくる部品が以前のように安定して入ってこず、納期を守るために生産現場は緊張つづきらしい。コロナは拡大しているときだけでなく、収束に向かったときも、厄介な問題を引き起こすものである。取材1時間で終了。あー、らくちんだこと。

 夜になって雨が降り始め、ぐっと冷え込んできた。日中はともかく、夜はヒーターが書かせなくなった。まー、11月ですから、しょうがないか。

21年10月26日(火) 四谷で個展を覗く

 曇って小雨パラパラ。20℃。

 昼前に外出し、1時から四谷で社長取材。お会いするのは2度目で、前回より言葉数が増えたが、内容が少し抽象的。社員であれば「あー、あのことね」と分かるのかも知れないが、外部の人間はぼんやりとしか理解できない。これで紙面を埋められるのだろうかと考えつつ、1時間話を聞いた。せっかくいい会社なのに、もっと広報の力をつけないと、もったいない。

 その足で信濃町へ。元同僚で、元デザイナーが重ね絵の個展を開いているというので、ギャラリーに立ち寄る。顔を見るのは10年以上ぶりか。マスクで顔が半分隠れているせいかもしれないが、ずいぶん体重が減ったように見えた。重ね絵というものはその言葉どおりのアートで、4枚から8枚重ねて1枚の絵を作る。DMに印刷された作品の実物があったが、間近で見て初めて価値が判った。いやー、細かい細かい。Kやんは元アメフト選手、そんな手作業が好きだったとは、人は見かけによらないものだ。

 夕方、四谷三丁目でラーメンを食べ、新宿のデパ地下で買い物をして帰宅。大急ぎで仕事を再開する。あー、背中が痛いこと。

21年10月18日(月) 府中で迷子になる

 快晴、18℃。

 先週、続けざまに新規の仕事が入り、しかも時間がない案件ばかり。今日もぎりぎりリミットの午後イチになんとか送信した。で、別件の仕事をしていると夕方ツマより電話が入り、「今日の鍼の予約、何時?」と訊いてきた。ん? なんだ。夫婦で代々木上原の治療院でマッサージと鍼を受けているのだが、ツマが先に行ったところ、院長より「12時半にダンナさんが予約したのに来なかったんですよ」と伝えられたのだという。いつもは午後5時に予約するのだが、枠がいっぱいで、ずらしたことをすっかり失念。院長に謝りの電話を入れ、予約を取り直す。

 予定外に時間ができたので、新規案件の下調べのため府中に行くことにする。ただ、小田急から京王線の乗り換えはまことに不便で、どのルートを選んでも1時間余りかかってしまう。で、一番お安い鶴川→新百合ヶ丘→小田急永山→京王永山→調布→府中ルートを選択する。見慣れない山や街並みを眺めて到着するとすでに日が暮れ、闇が迫っていた。そそくさと目的地周辺の環境をチェックし、中心街、ケヤキ並木、大国魂神社を回って街の佇まいを頭に刷り込む。自然が多く、落ち着きがあって、なんだか仙台を歩いたときの印象に重なる。いい街だなぁ……と余裕をこいていたら、自分の計算ではそろそろ出くわすはずのケヤキ並木道がいつまでたっても見えてこない。で、スマホでチェックすると、こういう時に限ってバッテリー残量が1桁……。初めての町で、目印を見つけられず、とっぷり日が暮れ、自分はさてどこへ向かえばよいのやら。焦りながらとにかく人の流れと逆の方を目指すうち、なんとか駅に戻ることができた。ふー。帰りは隣の分倍河原で下車し、南武線に乗り換えて登戸経由で帰宅することができた。

 帰宅しても仕事ワサワサ。うれしいけれど、もう少しゆっくりペースが戻ってきてくれないものかなぁ。

21年10月14日(木) 白鷺集団を見かける

 曇って24℃。

 このところあまり走っていなかったので、久しぶりに近所を散歩。鶴見川に沿って7km歩いて、じわじわ汗をかく。途中、川面に白鷺が10羽ほど集まり、エサの藻やら草を突いていた。鴨といい、鯉といい、そんな粗食であれだけの図体を維持しているのが、まことに不思議である。

 帰ってシャワーを浴び、今日初めての食事を摂る。内臓を休ませるには14時間ほど腹に食事を入れないことがいいという話を聞いてやり始めたが、あまりストレスもたまらず数日過ぎた。ちなみに、ツマは食事の支度が面倒と怒っているが。

 午後、店頭ツールのコピーを送ってOKをもらい、その直後にまったく違うクライアントから新規案件が2件舞い込んだ。世の中、平常が戻ってきたのか、どうなのだろう。

21年10月3日(日) 酒は蕎麦屋に限る

 快晴、27℃。素晴らしい天気が続きます。

 夕方、すっきり仕事が終わったので、馴染みの蕎麦屋に電話。制限緩和後の初週末なので混んでいるかと思ったが、あっさり予約できた。で、いそいそと5時に店に向かう。

 先月訪ねたときはノンアルコールビールを頼んだが、今日は堂々生ビール、続いて喜久酔のぬる燗を2合。あー、しみること、しみること。ヒラタケの天ぷら、ごぼうの肉巻が絶妙の味で、酒の美味さが倍加されるよう。締めはせいろを1枚。もうそれで十分である。酒を飲むなら、蕎麦屋に限る。

 さてと、今月もいろいろ頑張らねば。

21年10月2日(日) 庭にツツジを植える

 快晴、29℃。10月だというのに、残暑だなんて。

 仕事部屋前に3帖ほどの何にも使われていない共用部分があるのだが、雑草が生えて大変見苦しい。外からは見えないし、お隣からも死角になっているので、管理組合に何か植えてよいかと去年の秋にお願いしたが、いくら住戸前とはいえ専有使用権がないとのことで却下。そこで当方、道と建物を隔てている植栽を補植するという理屈を思いつき、7月になってようやく許可が出た。で、少し涼しくなったので本日植え込むことにした。

 ドウダンツツジの苗木は5本でしめて10000円、肥料は3500円。土起こしの用のフォークが3500円。これはすべて自腹だったが、まあ、自宅の庭みたいなものなので、よしとする。が、土を掘り換えす作業が非常に骨が折れた。10日ほど前から始めたのだが、それまで気付かなかったが、コンクリートガラやら小石やら、空き缶、電池、ガラスが出てくる出てくる。もしかすると以前は使途不明の空間に植栽があったが、土の中で根が切られて枯れたのかもしれない。で、ようやく準備終了。50センチほどの穴を掘り、培養土を入れ、苗木を据えて土で固めた。この間わずか1時間、予想以上の早さで完了することができた。あー、すっきりした。

 夕方、営業再開したなじみの蕎麦屋に連絡するとあっさり予約が取れた。外でアルコールを飲むのは約2カ月半ぶりか。やっぱり蕎麦前には酒に限る。ヒラタケの天ぷら、菊のお浸し、ごぼうの肉巻も申し分なし。蕎麦の出来も素晴らしい。手も背中も痛いが、充実した日曜日が過ごせた。

21年9月27日(月) よし、虎の子も再開するのだ

 晴れて24℃。風が乾いてきたような。
 
 東京はこのところ新規コロナ感染者数が減り続け、ついに200人を下回った。その数が実態を正確に反映しているのかどうかは分からないけれど、気持ち的には大きな重しが取れた感がある。飲食店の営業は21時まで、アルコール類の提供は20時までOKに落ち着きそうで、深く安堵する。かといって、一気に1年半前の日常が復するわけではないし、そうなってもらっては体がついてこない。しばらく慣らし運転が続くのだろう。とはいえ、うれしい。行きたいときに、行きたいところへ、行ける自由。当たり前の日常が少しずつ戻ってくる。はー、それにしても長かったなー。皆さん、元気だったかなー。再会できるのが楽しみだなー。

21年9月21日(火) 中秋の名月を双眼鏡で眺める

これは昨日のお月様 晴れて28℃。3日続けて、すこぶるよい天気。

 朝イチ、勝手に本日はないと思っていたリライトの仕事があることをメールで知らされ、午後2時以降は真面目にテープ起こし。声の質が聞き取りやすいこともあり、珍しくサクサクと作業が進み、7時には酒を飲み始めることができた。通常より1時間も早くできたことに自分で驚くほど。

 途中、中秋の名月ということで双眼鏡を持って外に出かけ、月を眺めた。乱視と近視の悲しさで眼鏡を掛けてもぼんやりとしか見えないが、文明の利器(というほどのものか)のおかげで真ん丸お月様のクレーターまで観ることができた。素晴らしい。ちなみに中秋の名月は満月とは限らず、本日は8年ぶりとか。ふと、自分はもう一度満月の名月を眺められるのかという疑問が、頭をよぎった。

21年9月19日(日) 自宅焼き肉で憂さ晴らしをする

 台風一過、素晴らしいほどの快晴。29℃。なんと青空のありがたいこと。

 昨日も酔っぱらって早寝をしたせいで6時に起床。することがないので、本を読んで過ごす。と、7時過ぎだというのにディレクター氏から、とある店舗ディスプレー用のフレーズを至急修正してほしいとのこと。3連休のさなかにねぇ。あー、鬱陶しい、と思いつつ、了解しましたとメールを打って、気分がやや落ち込む。トシを重ねるに連れて、20代、30代向けのフレーズづくりが難易度が上がる一方。ストレスだけが溜まり、それでいてこれはというフレーズが出来ず、自己嫌悪に陥るばかり。「実はBtoCの仕事は受けるのを止めました」と言えたら、どんなにすっきりするだろう。

 そんなことで朝から、のたりくたりとフレーズ書き。夕方、スーパーへ買い物に出かけた以外はずっとパソコンとにらめっこをして過ごす。なんとか手応えのあるフレーズが何本か出てきたので、仕事を放棄。6時から自宅焼き肉でビールを呷ることに。あー、憂さが晴れること。

 東京都のコロナ新規感染者が激減しているが、これがいつまで続くだろう。前回は感染者数が増加している最中に、オリンピック開催のため緊急事態宣言を解除したが、今回は何をどう見極めるのか。自民党総裁選に合わせて、9月29日あたりに発表があったりしたら、嗤ってしまうなー。

21年9月5日(日) 酒抜きで蕎麦を味わう

 にわか雨、24℃。むしむし、それでいて冷え冷え。

 仕事を適当に切り上げ、夕方4時半すぎ電車に乗ってお気に入りの蕎麦屋へ。緊急事態宣言のため、せめて気分だけでもとノンアルコールビールにて乾杯し、いちじくの揚げ出し、グジの白味噌漬け焼きを突く。どちらも美味で、すごくもったいない感じ。こちらは桜エビのたぬき蕎麦、ツマはてつものように鴨南蛮で、腹いっぱいになる。雨の中、帰宅。

 自宅で焼酎の水割りを飲み直すものの、腹がきつく、酒がすすまない。これが一緒のタイミングなら、飲めるし、食べられるのだが、なぜなのだろう。早く飲み始めたので、早寝をしなければならず、10時に切り上げる。明日も仕事だ、ばんばらねば。

21年8月31日(火) 大きな空の下で深呼吸する

 晴れて24℃。札幌の話ですが。

 昨日夕方の飛行機で札幌入り。メインテーマは取材・撮影だが、その前に相談があるとのことで、朝9時過ぎ、クライアントが入っているビルに向かう。相談とは、とある遠隔地で工事工程を撮影したものをDVDにまとめたいが、予算をどう立てていいものかという内容。納品直前の動画を20分ほど拝見したが、自分たちがやればゆうに300万円はかかるところを、とある会社は6分の1以下で受けたそうで、腰が砕けそうになる。どういう魂胆があってのことだろう。あー、不思議。

 取材1時間半。移動してさらに30分取材。ご協力いただいた農場には感謝するが、絵になるところが少なく、ちょっと悩ましい。途中から風が強くなり、インタビューが急かされた感じになってしまった。とはいえ、牧場を渡る風は乾き、空には鱗雲が点々。なんと気持ちのよいこと。

 新千歳空港まで1時間。レンタカー屋に車を戻してから、ラーメンストリートで遅い昼食に。味噌ラーメン専門店「けやき」という店だったが、焦がし醤油ラーメンもなかなか美味かった。羽田空港到着19時半。リムジンバスが出る時刻が近かったので初めて乗ったが、1時間10分が実際の時間以上に長く感じられてしまった。

 なんだかんだで22時近くに帰宅。あー、疲れました。

21年8月19日(火) 小さい秋を見つける

 晴れて31℃。

 先月末から仕事に追われ、散歩さえできずにいたが、久しぶり近所をジョギング。たかだか4キロ、30〜40分だったが、体にたまっていた汗と一緒に心に堆積した不純物が流れだし、すっきりする。

 岡上の営農団地を走っていたら、柿の実が膨らみ、栗は落ち始め、稲穂はすっかりこうべを垂れていた。秋がそこまでやってきていることを実感する。

21年8月10日(火) 皇居の屋根が揺れていた

 台風一過で快晴、37℃。

 午後イチで二重橋前へ。2時から某社社長インタビュー。初めての依頼だったが、それほどプレッシャーもなく、またお相手も用意した書面を読み上げるだけで、30分ほどで終了してしまう。予定されている原稿の文字数をクリアしていることは確実だが、そんなに短くていいのだろうかとも思う。

 それにしても、空の青いこと。日差しの痛いこと。会議室の先に広がる緑に包まれた皇居の屋根が蜃気楼のように揺れながら光り、沙漠のオアシスのよう(現物は見たことはないけれど)。

 取材後、本日が期限の税金を納めるため東京駅界隈をぶらぶら。郵便局はすぐ見つかったが、そこに至る地下街の飲食店の半分は閉店、開いている店は数軒だけだった。地下鉄を乗り継ぎ、新宿から小田急で帰宅。シャツもパンツも汗だく。冷たいシャワーが極楽のよう。

21年8月7日(金) 台風が近づく中、湯河原で温泉に浸かる

 曇って、31℃。

 天気予報では台風が関東に近づいているとか。その影響で雨は小降りながら、なんとか持ち堪えている。

 我が家的にこの夏唯一のイベント、1泊で湯河原温泉に行く。以前は新宿からロマンスカーで出かけたが、今は町田駅から乗ったところで到着が11分しか違わない。特急料金630円が惜しいわけではないが、急行列車を乗り継ぐことにした。

 湯河原到着夕方4時半。お菓子とお茶で腹をごまかし、まずはひとっ風呂。5回目なので勝手知ったるもの。やや温めのお湯に体が解きほぐされる。夕食、まずまず。毎度驚くような料理があり、それが一番の楽しみなのだが、今回は華が少し小さくなったような。コロナ禍が続き、宿の懐事情が偲ばれる。

 いろいろあった東京オリンピックが明日閉幕。競技に臨んだ世界中のアスリートからは感謝されるだろうが、一般人からすれば外国の人たちを心から喜んでもてなすことができず、寂しい。コロナがなければ、国立競技場に足を運んだり、マラソンを間近で応援できたのに。

 この時期の開催は東京でしか、日本にしかできなかっただろうが、おそらく生涯最後の生オリンピックを体験できなかったのは本当に残念だ。

21年8月6日(金) 多摩川を渡る電車から富士山が見えた

 晴れて34℃。あちちー。

 世間はオリンピックとお盆休みモードなのか、電話もメールもなし。仕事をサクサク進める。夕方残暑厳しい中を外出し、代々木上原の整骨院へ。カチンカチンの凝りをほぐしてもらい、少し背中が楽になる。帰りの電車は6時前だというのに、帰社時間を迎えているようで8割の混み具合。車中読書にも飽きて外を眺めていたら、多摩川を渡るあたりで富士山が見えることに気付いた。これは大発見である。素晴らしい!日が陰ってきたが、それでも熱気は変わらず。スーパーで酒を買って帰宅する。

 晩酌をしつつ、テレビでレスリングを観戦。男女とも金メダルという見事な成績に喝采していたら、8時半すぎに小田急線電車内で複数の乗客が刃物で襲われたとの速報。方向は違うが、つい2時間前に刃傷沙汰があった辺りから平和な風景を見ていただけに、ショックを受ける。どうせ世を拗ねた甘ったれが、身勝手な理由で弱い者を傷つけたのだろう。バカと刃物は使いようとはいうが、その2つが組み合わされれば、待っているのは悲惨な結果だけだ。黙ってこの世から失せてしまえばいいものを。それさえできぬ卑怯者。

21年8月4日(水) 都会の熱気が絡みつく

 快晴、35℃。オリンピックがなければ、ただの暑い夏だ

 朝7時前から原稿書き開始。昨晩からテープ起こしをしているが、録音状態も滑舌も悪いため、とにかく話が聞こえない。やむなくフルボリュームで聞くのだが、5時間も作業していたら鼓膜が痛くてたまらなくなった。あー、しんど。

 午前中、山手線某駅近くの代理店にてzoom取材。リモートでやるなら、なぜ代理店まで行かなくてはならないのか、はなはだ疑問だが、しょうがない。1時間半、みっちり話を聞く。エアコンが効き過ぎの部屋にいたものだから、電車に乗るまでは暑さを感じなかったが、途中から体が解凍され、汗がじわじわ吹き出す。デパ地下で買い物をしようと思ったが、食指が動かず。

 鶴川の駅を出ると、無風の炎天に頭がクラクラ。1kmの道のりのなんと遠いこと。気を取り直して仕事を再開するが、7時にギブアップ。オリンピックを観ながら、夕食をとる。卓球男子の準決勝、相手はドイツ。イライラする展開が続いてしまい、最後は力負けした。ふー、お疲れさま! 次の3位決定戦はもっとがんばれ!

21年7月24日(土) ワクチンの副反応で幽体離脱しそうになる

 晴れて34℃。暑ーい。

 午前中、外出。南武線中河原という駅の前にあるNECのホールに向かい、2回目のワクチン接種を受ける。1回目は痛くも痒くもなかったが、9日後に腕が2倍ほどにも赤く腫れ上がり、それが消えるまでに6日間もかかった。

 今回も手順は同じだが、どなたがサイトに書いていたとおり、打たれたときから痛みがあった。が、最初のうちは我慢できないものではなかったが、ジワジワと筋肉がこわばっていくのが分かった。その状態が続いたが、いつものように夕方には酒を飲んでオリンピック中継を観てすごした。ずいぶんチープな演出だったが、今回だけは開催できただけでよしとしよう。アフリカ、中東、旧ソ連の国の衣装の見事なこと。それに比べて日本のユニフォームのださいこと。

 が、体調がだんだん思わしくなくなり、聖火点火まで待たずに沈没してしまった。で、夜中3時に高熱が出てしまい、水を飲むのだが、すぐ喉が渇いて朝までいたたまれず。腕も痛ければ、頭も痛い。なんだか、自分の体から魂が幽体離脱しそうなほど。で、解熱剤を飲むが3時間も持たない。なんとか9時にベッドから起き、体温を測ると38.7℃。解熱剤を飲む前は39℃を超えていたと思われる。

 その後、素麺を食べて一服したと思ったら、再び熱がぶり返し、ベッドで逆戻り。その後2時間寝ると少しだけ体温が下がったもようで、せっつかれている仕事に取りかかる。また、別件の依頼も舞い込んだ。

 夜になっても頭痛が残り、体温も37.7℃。明日こそ復調しなければ。

21年7月21日(水) 最後の晩餐に、蕎麦をたぐる

 晴れて33℃。暑すぎます。

 明日から神奈川県は飲食店での酒類の提供を終日停止要請に。またしばらく外で酒を飲むことができなくなる。その前に蕎麦と酒を楽しもうと某駅の蕎麦屋を5時に予約、いそいそと出かけていった。もともと地元のお客さんが多いのだが、いつにも増してその割合が高く、自分たち以外はオンリー地元客。そこを仕切る御主人と奥様、お酒担当の方のテンポが素晴らしく、気持ちがいい。

 前回も食べた稚鮎の天ぷら、黒ムツの煮付け、山葵の醤油漬けが絶品で、酒が進むこと進むこと。で、最後に笊を一枚を二人で食べるのだが、たれの出来が明らかによくなっており、夏だというのに蕎麦が香り高い。あー、幸せな1時間半だった。

 この間行ったバーのこともちらと頭をかすめたが、今日のところはがまんがまん。何せ、明後日はワクチン接種の2回目が控えている。酒にかまけて体調を崩してしまっては、副反応がこわい。自宅に戻って軽く飲み直すと、コテッと寝てしまった。

21年7月9日(金) 寿司、寿司、刺し身三昧する

 晴れて25℃。札幌ですけど。

 昨日、13時発の飛行機で10カ月ぶりに北海道行き。東京はどんよりとした空だったが、こちらはピーカン。乾いた風が実に気持ちいい。夜は友人に誘われて札幌駅近くの寿司屋で会食する。そこは何度か利用したことがある店とのことだったが、たまたま緊急事態宣言の自粛要請を堂々無視する宣言をしているとのことで、3時間ほどゆっくり飲めた。感染対策はもちろんしていたが、離れた席のおっさんが10回連続くしゃみをするもので、ぞっとした。そこまでして寿司を食べたいものかねぇ。

 本日は10時からクライアントにて打ち合わせ。2時間みっちり、ご要望を伺う。ふー。その足で今度は小樽へ。一昨年ふるさとに帰ることにしたスタイリストに会うためだったが、手術からまだそう日が経っていない病み上がりで、飲兵衛の昼飲みに付きあっていただいた。小樽と言えば、なんといっても寿司ということで、なじみの店に直行する。で、そこは刺し身の一人前が異常に多いとのことで、烏賊は1杯、中トロ厚切り6枚、肉厚蝦蛄6枚。それだけで腹が一杯になりそう。とはいえ、魚の鮮度は昨晩と明らかに違い、5貫の握りをぺろり食べてしまった。名残惜しかったが、夕方兄宅に到着するには3時の快速に乗らないと間に合わない。2時間で小樽を後にした。

 兄とは17時に駅で待ち合わせ。車で帰ると、札幌で自営業をしている甥が玄関前にいた。こんなに早く来るなら、車に乗せてもらえばよかった。その甥がせっかくだから北海道らしいものをと、自宅近くの鮮魚店で買った高そうな刺し身の盛り合わせを持ってきてくれた。うーん。ほっき貝、ホタテ、美味し。中トロも、烏賊も旨かったが、何せ朝食以外は寿司、寿司、刺し身だけに、食傷気味である。なんとまあ、贅沢だこと。

 昨日からの飲みづかれもあり、11時には寝た模様である。

21年7月7日(水) シューマイ弁当に小さく感激する

 小雨のち、曇り。30℃。あー、蒸し暑いこと。

 朝イチ、8時前の電車で横浜へ。某社にて役員のインタビューに臨む。ひとりあたま1時間をとっているが、仕上がりの文字数を考えると、そんなに話を聞いてもカットする部分が多くなる。うーん、まー、しょうがないか。午前中に3人すますと、昼食にシューマイ弁当を用意していただいた。駅弁を買ったのははるか昔で、味も格別記憶に残っていなかったが、今日食べたものは格段に美味かった。かつて食べていた弁当、あれはなんだったのか。午後の部スタートしたのが1時だったが、最後の方が遅れに遅れ、結局終わったのが4時半だった。久しぶりに長時間話をして喉が痛くなった。

   自宅に戻ったのが5時半すぎ。ほとほと疲れてしまい、何はともあれビールをいっぱい。早めに夕食をとり、明日の北海道行きに備える。

21年7月3日(土) 蕎麦とカクテルを堪能する

 曇り後、小雨。24℃。

 東海、関東地方はこのところ雨続きだった。朝のニュースでは箱根や沼津でとんでもない雨量になっていたことを伝えていたが、10時半過ぎ熱海で大規模な土砂崩れが発生した。昼過ぎにYoutubeでチェックすると、早くもいくつかの動画がアップされており、惨状を伝えていた。津波をさらに間近で見たかのよう。一気に何十戸もの住宅が泥水にもまれて流されている。これでは中にいた人はひとたまりもないだろう。言葉を失う。

 4時半過ぎ、3つ駅離れた町の蕎麦屋へ向かう。ビールで口を湿らせた後、磯自慢 のぬる燗で稚鮎の天ぷらなんぞを食べる。苦味と若干の青臭さが堪らない。それ以外に二、三品注文したが、どれも丁寧に仕事をしてあり、酒がすすんで困るほど。最後にざる蕎麦1枚を2人で分けて食べた。蕎麦は申し分なしだが、つゆはあとほんの少し辛いほうが好みだった。県のお達しに随ったわけではないが、滞在時間は80分でお勘定してもらった。

 店を出たのが6時半で、まだ帰るのには早すぎる。で、前から下調べしておいたオーセンティックバーを覗くことに。8時閉店ということもあるだろうが、外が明るい時間だというのにカウンターは満席だった。それでテーブル席に通されたのだが、そこからの眺めが大好きだった京都の高瀬川脇にあったジャズバーに少し似ていて、感激した。カクテルはサイドカーとマティーニ、ツマも2杯飲み、すっかり心地よくなった。

   熱海の人には誠に申し訳ないが、久しぶりに憂さが晴れた。