NO DRINK,NO LIFE

ふらふら日記

反省すれどもシンポなし

店の話は出てきません テイシュの日常をダラダラ書いています

2469日(日) 地元中華で満足する

 曇って25℃。梅雨はまだかなぁ。
 
 夕方、夫婦で地元の中華料理屋へ。2カ月ぶりの訪問だったが、酒と小皿のメニューがずいぶん増えて、よく見ると女性スタッフも変わっていた。前はほとんど日本語がしゃべれず、オーダーミスも多かったが、今度はかなり堪能。ニコニコしていて愛想がよい。以前も料理に関しては特に不満がなかったが、それを2段階アップした感じである。地元はどこも自分たちの舌に合わない店が多いのだが、ここは友だちにも自信をもって勧められる。ずいぶん食べて飲んだのに、焼酎のボトルを入れても8千円足らず。店員さんもいい夜が過ごせました。

2467日(金) 荒木町でひと心地着く

 曇って27℃。だいぶ蒸し暑くなってまいりました。
 
  夕方、梅ヶ丘で髪を切り、四ツ谷3丁目へ。久しぶりに馴染みのバーへ向かったのだが、6時半だというのにまだ看板に灯が入っていない。実は先週も来たのだが、折悪しく臨時休業で入店叶わず。2週続けて振られてはかなわない。で、時間調整をするべく荒木町をゆっくり2周したのだが、果たして変化なし。困り果てて新宿通りの町中華に入り、30分ほど時間をつぶす。7時半になり、いくらなんでもこの時間になれば営業しているだろうと思って訪ねると、灯りが見えて安堵する。
 
 店主いわく、「常連の年配客がコロナ禍で来なくなり、早くから営業する意味がなくなったので、7時スタートになったのよ」とのこと。やれやれ。今や荒木町で2番目の古株だけに、腹が据わっている。ここまで来れば、呆れると言うより感心する。
 
 1時間ほど過ごしたが、小皿の中華料理を3品も食べた腹には、酒を入れるだけのスペースがあまり残っておらず、焼酎のロックとハイボール2杯止まり。常連さんらしき二人連れが入ってきたタイミングでお勘定してもらう。
 
 うーん、なんだかな。

2466日(木) 歯の治療で顎が痛くなる

 曇って27℃。
 
  午前中、2週間に1回の歯の治療に向かう。予約した時間から20分過ぎたあたりで、ようやく治療室に入った。
 
現在、右下の2本をインプラントにする治療を続けているのだが、とにかく時間がかかる。最初に悪い歯を抜き、次に人工歯を埋め込む土台となる材料を埋め込み、それが体に馴染むまで2カ月ほど時間を置いてから、やっと人工歯を付ける。今は第2段階なのだが、その間を利用して左下の歯を治療している。そちらは長年ブリッジで凌いでいたのだが、歯茎が気になるとのこと。で、はずして調べたところ、医師曰く「こちらもできればインプラントが……」と言うので周章てる。
 
すでに40数万円出費しており、人工歯を付ける施術に40万円かかるのである。にもかかわらず、あと40万円とはあまりではないか。合計すると1年間に受け取る年金がまるまる吹っ飛んであまりある。こちらがグチグチと言うと、こちらを気の毒に思ったのか「ひとまずブリッジで様子をみますか」となった。で、今日は型取りで口を15分ほど開けっぱなしにしていたら、顎が痛くなってしまった。あー、早く終わらないかな。

24年5月30日(木) 今月最後の仕事が入る

 晴れて27℃。10日連続真夏日だってさー。
 
 5時、今月最後の仕事の資料とデータが到着する。8年連続でやっているので、おおよその内容は把握しているが、計画の進捗状況を紹介する部分が年を重ねるにつれて難易度が上がり、頭が回らない。文章もまとまらない。が、そこで焦れてもしょうがない。自分をだましだまし書いては消すを繰り返す。
 
 それにしても今月はよく働いた。大型連休もなかったし、まる1日休んだ日もなかった。今年はやれたけど、来年はどうなるのだろう。だんだん仕事のスピードが遅くなっていることを実感しており、仮に新規案件が入っても、果たして納期を守れるのか心配になってくる。どうしますかねー、自分は。

24年5月24日(金) 本屋で落語を楽しむ

 曇って気温29℃。梅雨入り前なのに、なんだかじめっとしておりまする。
 
 6時過ぎ、仕事を早めに片づけて、祖師ケ谷大蔵へ。「ブックトラベラー」という本屋で行われる落語会へ行く。ここはひと箱店主制度の店で、いろんな方が自分の推す新刊本、古本を売っている。それはそれで面白いが、ここで自分の趣味に合う本が見つかる確率はどれくらいなのだろうと思う。イベントもいろいろやっていて、本日はその中の一人「本屋しゃん」という女性の主催。彼女がSNSでつながった笑福亭羽光という本好きの落語家が、中島敦「山月記」のフレームを使って、「落語家変身譚」というお笑いにするという。
 
 中島敦は大好きな作家で、代表作である山月記も大好き。が、原作に笑いの要素はまるでない。それをどのように笑いに仕立てるのかと興味が湧いて出かけたのだが、プロフェッショナルというのはすごい。ちゃんとフレームだけ山月記なのである。自尊心の高い落語家が後輩落語家が脚光を浴びることに嫉妬し、やがて身をやつし、虎になってしまった……。悲劇が喜劇に転化していたのである。いやはや、感心いたしました。
 
 帰りに日高屋によって遅い晩飯を食べて、帰宅。今夜は早めに寝て、明日はダッシュで仕事をしようっと。 

24年5月19日(日) スペイン料理をゆっくり味わう

 曇って気温24℃。 
 
 夕方、ツマと狛江まで。常連様になりつつあるお客さんに「ワインの品揃えがいい」と教えられて、スペインバルを訪ねる。人気店なのだろう、5時半だというのにカウンター席はほぼ埋まっていた。予約しておいて大正解だった 
 
 タパス9種類盛り、豚モツの煮込み、ハチノスとヒヨコ豆の煮物を頼み、おまかせで白ワインをボトルで。味付けはまるっきり本場の味で、遠い昔マドリッドで食べた記憶が蘇る。最後は赤のハウスワインを頼んだが、こちらも良かった。オーナーも明るい人で、なんでもないやりとりに、キャリアが感じられた。それと理想的な狭さで、羨ましい限り。こういう店が近くにあれば、間違いなく通い詰めるだろうな。大満足でありました。

24年5月11日(土) 五反田でくらくらする

 快晴25℃。でももっと暑い感じ

 昼前、取材のため五反田へ。週末なのに、いや週末だからと言うべきか、山手線も五反田も人で溢れかえっていた

 駅から歩いて数分の豪邸にて、貴重なお話しを伺う。地方におられながら、日本のどこより先進的な取り組みをされている方。自分とは2歳しか違わないのが信じられない。こんな人生もあるのか世の中は広いな、大きいな。実に感動的な90分でありました。ふー

24年5月5日(日) 藤沢にて貴重な数時間を過ごす

 快晴27℃

 大型連休は仕事でふさがる。辛うじて半休が取れたので、藤沢のカジュアルなイタリアンを予約、6時に訪ねる

 前菜の盛り合わせにあったタケノコのオリーブオイル炒めとトマトと蕎麦の実入り豆腐のカプレーゼが美味。〆のペペロンチーノ、毎度食べているのにまたも感激する。オーナーとも世間話を少しだけ。顔を覚えてもらえただけで、十分幸せ。いい夜を過ごした。明日は仕事、ラストスパートしなくては

24年4月28日(日) 蕎麦屋で寛ぐ

 快晴28℃。いい感じ

 世間では大型連休が始まったけど、自営業者に休みなし。ま、連絡が入らないだけいいけれど。夕方、店の常連さんと馴染みの蕎麦屋で待ち合わせて、酒と蕎麦をゆっくり嗜む。こちらを紹介したのは3年前だが、気に入ってもらえたらしく、お一人で来られていることはきいていた。たまたまスケジュールが合い一緒に来たのだが、店の方にすこし驚かれる

 いつもより日本酒、かなり酔っぱらう。明日も仕事だ、頑張らなくては

24年4月26日(金) 大崎でコシアブラを見つける

 晴れて25℃。まだ夏じゃないのに、もう暑い(怒)。
 
 朝8時前の満員電車に乗って都心へ。10時から某社で1時間社長インタビュー。産業用途の資材を作っている会社なのだが、本業は伸びていないのに、保有株の配当が相当あったらしく、大幅増益。先輩のおかげですと、繰り返していた。

 午後にもう1本同じようなインタビューがあるため、昼飯を軽く取って資料をもう一度読むつもりが、どこを見ても長蛇の列。一向に人数が減らず、諦めてカロリーメイトで済ます。とほほ。

こちらの社長は午前の部の2倍速で話す方で、理解しようにも頭が追いつかない。こちらにとっては新規のクライアントで、業界事情にも疎いこともあって、集中力を維持するのに苦労する。自分はツボを得た取材ができたのか不安になるが、腹をくくるしかない。

 JRの駅近くの広場で地方物産展のようなイベントがあり、山形のコシアブラを見つけて3個買う。おにいさんいわく「タラノメよりおいしいよ」とのこと。

 5時、新宿まで戻り、遅い昼食。寝不足と気疲れで仕事を放棄したかったが、なんとか帰宅。夜中までテープ起こし。こんな生活があと3週間つづくと思うと、いやになる。

 24412日(金) 札幌でホッケを食べる

 晴れて気温は18℃。札幌の話ですが。

 11時15分発の羽田発札幌行きのエアドゥに乗るべく、ツマと自宅を9時前出発。予定時間に空港に着く。が、中川政七商店でストール、千疋屋でおみやげを買い、銀行のATMでお金を下ろしてゲートインするつもりが、わずか1分間に合わず、乗り遅れる。が、定刻前だったので、追加料金なしで次の便に乗ることができた。

 新千歳空港にいとこが出迎えに来てくれ、車に乗せてもらって、伯母が入院している札幌市内の病院へ向かう。93歳の伯母はずいぶん痩せて、耳も遠くなったが、言葉がしっかりしていて、ベッドから起き上がることもできた。伯母には子どもの時からずいぶんお世話になり、いい思い出しかない。料理のこと、よく遊んでもらったこと、お礼を言って別れる。最後に振り返ると病室の外まで出て見送ってくれた。ありがたいこと。

ホテルを出たのが5時半。雨の予想だったが、うれしいことに晴れてくれ、風は4月半ばの北海道とは思えないほど心地よかった。夕方6時前、ススキノの古い居酒屋に甥2人、いとこ、自分たち夫婦の5人で集合。ツマが念願だったホッケを頼んだが、昔食べた味ではなかった。取り留めない家族の話で盛り上がり、楽しい酒が飲めた。その後2軒飲み歩く。会計はお金持ちの甥にゴチになってしまった。こんな日が人生であと何度あるのだろう。

24年4月7日(日) 多摩川で花見して、狛江で湯に浸かる

 晴れて、気温22℃。お花見びよりでした。

 午後2時半、電車で和泉多摩川へ。ツマと川沿いの桜を見にいく。この町には4年前、コロナ対策第1弾の休業要請の折、京王多摩川から歩いたことがあり、来たのは2度目である。ちょうど今ごろの時期で、川沿いには密を嫌ったたくさんの人々が花見に興じていた。今日も同様で、人人人で溢れ返っている。まあ、平和ならそれでいいか。

 再び電車で隣の狛江へ移動。うっすらかた汗を銭湯で流す。午後5時から教えていただいた評判のいい中華料理屋に入る。青椒肉絲、チャーハンが美味。が、アルバイトのお運びさんがおしゃべりで、他に客がいない店内によく響き、落ち着かない。もう少し腰を落ち着けて飲みたかったが、諦めて地元に戻る。口直しで焼鳥屋に入ったものの、案の定、返り討ちに遭う。ああ、なんということ。 

24年3月31日(日) 東北ユースオーケストラの演奏にうるっと来る

 快晴、気温28℃。春じゃ、春じゃ。

 昼、サントリーホールで開かれる東北ユースオーケストラの演奏を聴きに、夫婦で溜池山王へ向かう。坂本龍一が10年間手塩にかけて育ててきたものだが、なにぶん高校生とそのOBOGがメインのオーケストラのため、素人の耳でも演奏の粗さは分かる。が、それ以上に熱量が伝わってくるのである。坂本龍一はきっと指導したかっただろうなと思う。「戦場のメリークリスマス」「ラストエンペラー」、やっぱり名曲である。音のいいホールで耳も幸せになる吉永小百合さんが詩を朗読したが、近視の我が目ではクリアに見えかったことが残念だった。

 帰りは赤坂まで歩く。陽気に釣られたのか、日曜日だというのに日本人も外国人もいっぱい。春らんまんである。時間が中途半端でようやく見つけた居酒屋に入ったものの、酒も料理も物足りない。馴染みの蕎麦屋で口直しして帰る。

24年3月29日(金) 誕生日に大雨に濡れて帰る

 台風のような大雨。気温22℃。

 今週2つ目のインタビューのため、朝イチで原宿へ。スプリングコートを着ていたが、その意味がないほど、ずぶ濡れになってしまう。

 インタビュー、1時間30分。伝説の創業者に鍛えられた3代目社長。腰が低くて、こちらが恐縮してしまうほど。 

 本日は自分の誕生日ながら、イベントらしきものはなーんにもナシ。桜は開花したが、盛りはこの雨が上がってからかなぁ。なんというか、春っぽくない春だこと。

24年3月25日(月) 訳の分からない街宣に遭遇する

 小雨で気温15℃。寒いこと、寒いこと。

 朝イチ、二重橋前にてインタビュー。昔から名前だけ知っている某有名ビルを訪ねるが、同じ建物の中で迷子になってしまい、皆さんをお待たせしてしまう。(待ち合わせ時間にはセーフだったけど)

 1時間40分ほど、みっちりお話を聞く。近くでどこかがものすごい音量で街宣活動をしているらしく、1mしか離れていないのに声が聞こえにくく、ボイスレーダーがなければ正確に記録できないところだった。迷惑千万。インタビューそのものは大変興味深いもので、この先生の教育法が国の方針になっていたら自分の人生が変わっていたかもしれないなと思った。

 先ほどの声はどうやら韓国語。そういえば昨日のニュースで、あちらの国の団体が徴用工問題で抗議に来日すると伝えていたことを思い出す。それなら韓国語でやっても意味がないだろう。何時間がなっても「そうだ、そうだ」と喝采する日本人がいるはずもない。嫌がらせで人を動くものか。

 そぼ降る雨の中、日比谷でつけ麺を食べて帰宅。急いで仕事をする。

24321日(木) 世田谷美術館で静かにアートを眺める 

 快晴、気温11℃。強い風が吹く。冬が戻って来やがりました。

 午後、薬をもらいに参宮橋のクリニックへ。院長が往診で40分ほど待たされたが、まあいいか。帰りは途中下車。千歳船橋からバスに乗って世田谷美術館に向かい、「美術家たちの沿線物語 小田急線篇」という企画展を観る。世田谷区は何本も私鉄が走っていて、この美術展は4回目とか。今回は小田急線と京王線沿線に暮らした美術家の絵画、彫刻、映画、イラスト、写真、服飾の作品が展示されていた。キュレーターさん、なかなかセンスがよろしい。

 小田急線は西から新宿に向かって、かつて砧村に属していた成城学園前(「ゴジラ」「七人の侍」の絵コンテ、「ウルトラセブン」の仮面)、祖師ケ谷大蔵・千歳船橋、経堂・豪徳寺・梅ヶ丘(アラーキーの写真は好きだなぁ)、下北沢・東北沢(浅井慎平のチャック・ベリーのショット、見られて本当に良かった)、参宮橋(岸田劉生が描いた「切り通しの坂」、元の住まいの近くだったので、懐かしい)などなど。入ったのは閉館まで1時間の5時。館内には5名ほどしか客がおらず、静かにじっくりと作品と向き合えてよかった。

 帰り道、祖師ケ谷大蔵に行きたい店があったのだが、まっすぐ行けるバスがない。千歳船橋まで戻るバスの本数は少なく、風に吹かれて体も冷えてきたので諦めて30分ほど歩く。いかにも世田谷の住宅街を日が暮れて時刻に歩くのは、いつ以来か。くたびれたが、それもまたよし。駅近くの中華料理屋で晩飯を済ませて帰る。悩んで選んだ鶏そば、期待以上に美味くてびっくり。

24年3月17日(日) 緋寒桜が七分咲きになっていた

 快晴、気温21℃。暑すぎて体力が追いつかない。

3月だというのに2日続けて20℃超え。いやはや、まったく。が、桜の開花宣言はまだなく、ウグイスの初鳴きも聞いていない。どうしたのだろう。待ち遠しい限り。

 夕方、夫婦で三輪町にある焼鳥屋まで1キロ半ほど歩いて向かう。すっかり日が延びて、ジャケットが要らないほど気温が高く、風も柔らかい。今年も当たり前のように春が来た。途中に平安時代だった1150年前に大和の三輪の里から勧請されたと伝えられる椙山神社という古い神社があるのだが、大木の緋寒桜が七分咲きで、目を和ませてもらった。

 焼鳥屋にやってきたのは4回目か。元はケーキが名物のカフェだったらしいが、しばらくは借り手が見つからなかった。そこを昨年居抜きで借りたのが焼鳥屋で、なかなかの味わいで、焼き鳥を食べたくなったら足を運ぶようになった。5時前に入店。後から家族連れがやってくるそうなので、いつものようにビールと5本セットと希少部位の焼き鳥を注文。ムシャムシャと食べていく。吟味された鶏肉は、どれもうまい。日本酒を1杯だけ飲んで、あとは焼酎のお湯割に。高級店であればもっとお金を取れそうな料理を用意するのだろうが、住宅街にポツンと一軒ある店としては上出来。気に入っている。

 帰りはバスを使う予定が、乗り損ねて歩いて帰宅。摂取したカロリーの5分の1程度は消化したかもしれない。

24年3月14日(木) 修正依頼が急遽入り、青くなる

 快晴15℃。春が近づいておりますなぁ。

 夕方、代々木上原で体のメンテナンス。先週1回休んだため、背中も腕もバンバンに凝っており、声を上げてしまう。うー、いたたた。その帰り、店に寄ってビールを飲んでいたら急遽クライアントから、ホームページに最終修正が反映されていないテキストをアップされています。追加してもらいたい情報もありますと、連絡あり。なんとまあ、タイミングが悪いことよ。デザイナーに電話とメールアプリで用件を伝えて対応できないこともなかったが、No.1クライアントでもあるので大事をとって帰宅し、デザイナーに指示を出す。それ自体は15分で済んでしまい、小瓶と言えどもビールを飲んでしまったので、仕事を再開する気になれない。しょうがないので餃子チェーン店まで出かけ、夕食を済まして帰宅する。

 なんだか非常に中途半端。だらだらと飲み始めたら、11時には寝てしまったもよう。ツマに呆れられてしまった。

 24年3月5日(火) 台湾人の日本語テープに頭を抱える

 曇って9℃。寒いと言えば寒いかな。

 本日は仕事の予定なし。で、暇つぶしに近所のスーパーに買い物に出かけ、何気なくスマホをチェックしたら、クライアントから「本日お願いしたい件、あります」とLINEが入っていたことを知り、青くなる。大急ぎで帰宅し、音声データを開く、台湾の方が訛りの強い日本語で延々しゃべっていた。しかも専門用語だらけ。これはどうしたものか。1回聞いただけでは何を言っているのか、さっぱり分からない。が、不思議なもので2回、3回と聞くうちになんとか聞き取れ、文意に沿った文章に整えることができた。途中、補足資料も送られてきたので、ペースアップし、事無きを得た。あー、しんど。

 仕事の重要な連絡をLINEで伝えるのは、未だ個人的に抵抗がある。できればPCメールか、それともメールアプリを使ってもらえないだろうか。まあ、言ったところで聞いてはもらえないだろうが。

24年33日(日) 名店居酒屋の再開を祝う

 快晴14℃。

 自分たち夫婦がこのところ一番気に入っている藤沢の居酒屋が店舗改装のため1カ月余り休業、今月から再会すると知って早速予約して訪れる。てっきりご主人の手の治療のために休養を取っていたものと思って、ツマが花を贈ったら、理由はそれだけでなく、2階店舗とつなぐ業務用昇降機の撤去と天井修復に思いの他時間が取られたとのこと。なるほど、そういうことでしたか。

 2フロア体制が1フロアになり、当面だけかもしれないが、もう1人いた板場スタッフも姿が消えた。そのせいもあるのか、揚げ物や鍋物のメニューが減ったのがちょっと寂しい感じ。とは言え刺し身3点盛、好物の海老いっぱいおから、牛筋煮込み、鱧骨せんべい、さすがの完成度で言うことなしの大満足。最後に頼んだ蓮根ピザが結構なボリュームで、絶品ながら腹が苦しくなる。

 いつもは寄り道するところだが、まっすぐ帰宅。つまらない大河ドラマの録画をだらだらと見ているうちに睡魔に襲われ、11時前には寝てしまったもよう。 

24年2月29日(木) 大谷翔平の結婚報道で持ち切りになる

 曇って11℃。まだまだ寒いなぁ。

 夕方、代々木上原でボディメンテナンス。自宅を出る直前に報道された大谷翔平が結婚したニュースを鍼灸院の院長に教えてあげると、いつもより指に力が篭った。

 相手は誰なのか今のところ不明ながら、大谷の超ストイック、物欲ゼロの性格から予測すると、タレントやアーチスト、アナウンサーでもないだろう。地元の同級生で幼稚園の先生だったりしたらうれしいが、まあそれもない。アスリートかもしれないが、一体どこで知り合うのか、見当がつかない。それにしても、よくぞパパラッチにスクープされずに結婚まで漕ぎつけたものだと感心する。

 世界一のアスリートとも結婚は大変だと思うが、何はともあれお幸せに。

24年2月25日 狛江でひと風呂浴びて食堂で飲む

 小雨、5℃。今日も寒いなあ

 このところ寒い日が続くので風呂で暖まろうとツマが提案午後、狛江にある銭湯に行く。もともとあった銭湯をリニューアルしたもので、中はシンプルながらなかなかおしゃれ。規模は大きくないが、混みあっておらずゆっくりお湯に浸かることが出来た

 その帰りに中華食堂で軽く酒を引っかけて帰る。安上がりだが、これで十分満足である

24年2月24日(土) 藤沢の夜は楽しいのだ

 久しぶりに晴れて10℃。寒いけど、暖かい。

 夕方、夫婦で藤沢へ向かい、馴染みのイタリアンで軽い夕食を取る。訪れると80%以上の確率で満席になっている人気店。実は先月7時過ぎに寄ったことがあるのだが、断られてしまったため、その轍は踏まないように今日は予約して訪ねた。

 口開けは蕎麦ビールで。いつもの我がままでメニューにない前菜盛り合わせと、名物のトリッパを注文し、白ワインに移る。こんがり焼いた蕎麦粉のフォカッチャに載せたレバーペースト、釜揚げしらすガレットのなんと美味しいことよ。最後にアーリオオーリオのペペロンチーノに打ちのめされるほど感激する。あー、ごちそうさまでした。

 帰りに駅近くの立ち飲み屋に寄って、大満足の夜でありました。夜の藤沢は楽しいなぁ。

24年2月23日(金) 白鷺が鵜を羨んでいた

 小雨、4℃。でも寒くないのはなぜでしょう。

 昨日からずっと細かい雨が降っている。テレビでは雪になるかもしれないと報じていたが、このところは土が温まってきたせいか、それほどの冷え込みを感じない。テレビはいつもオーバーなんだから。

 朝から仕事を少しだけ。パパッと仕上げてデザイナーに指示を出しておしまいにする。午後、酒を買いに近所のスーパーまで出た折りに鶴見川を何気なく見ると、水中の小魚を巧みに獲っている川鵜と、それを近くで羨ましそうに見ている白鷺が目に入った。白鷺は魚の獲り方を学んでのだろうか。なかなか面白い瞬間だった。

 珍しく湿度が高く、終日除湿器を点けて過ごした

24年2月16日(金) 久々にアイスバーンを歩く

 曇り、0℃。あ、北海道の天気です。

 北海道に法事のため帰省。余裕をもって空港に着いたのは良かったが、現地は前日大雪が降ったとかで除雪が間に合わず、管制塔の指示で搭乗開始待ち。定刻を1時間40分遅れてやーっと出発した。

 いつもは1泊2日で帰るのだが、今回は前泊して高校時代に同じクラブだった友人2名(ともに女性)と会うことに。待ち合わせの店に行くと、すでにご本人たちは到着。1人は10年ぶり、もう1人は35年ぶりの再会である。あまりに久しぶりすぎて、何を話していいものやら分からなかったので、軽い気持ちで健康状態を尋ねた。すると1人は15年にわたる両親の自宅介護を終えたと思ったら、ご自分の乳がんが発覚したとのこと。ただ不幸中の幸いで、早期に発見して手術も成功し、悪いところは全部切除できた、酒も問題がないこと。抗がん剤治療明けから日が浅く、体力が回復するのにもうしばらくかかりそうだが、どうか頑張ってほしい。もう1人は4人子供を産んで孫が2人いて、今は通信制高校の教師をしているとのこと。てっきり主婦だと思っていたので、驚いた。近ごろ子供のすすめで、絵を習い始めたそうで、プライベートも充実していると聞いて、安心した。

 あれからもうじき50年が経つというのに、昔の仲間に会うと10代の自分に戻ってしまう。友人はありがたいなぁ。またきっと会おうね。

24年2月10日(土) 藤沢で討ち死にする

 快晴、12℃。

 夕方、夫婦でごはんを食べに藤沢へ。行きたかった居酒屋が2月いっぱい休んでいるということで、他の店を探すことに。いろいろ見比べてオープンしてまだ日が浅い魚料理に決め5時に訪ねたのだが、見事なぐらいの大外れだった。酒は平均的な値段から1杯200円は高く、看板であるはずの鮪の刺し身が、近所のスーパーで売られているものより質が悪い。煮込みはまったく味が染みていないものが800円もする。唯一マシだったのが、鰺フライだった。しかもBGOがロック。すべてアンバランスで、落ち着かない。結局1時間も間が持たず店を出る。そこから数軒探したが、週末だけあってどこもかしこも入ることができず、やーっと入った焼鳥屋は肉が大きいだけだった。その店は自社ビルだったのだが、どうやって建てたのか、不思議だった

これならば、何度か行ったことのある立ち飲み屋にすればよかった。帰りの電車の中でツマが、「もう店を冒険するのは止めよう。ちゃんとした店が予約できなかったら、行くのを止めよう」と真っ当なことを言う。当方も異論なし。そうしましょう。

2425日(月) 大雪予報でテレビがはしゃぐ

 曇りのち雨のち雪。6℃。

 本日夕方から雪の予報。予報では警報級の大雪とのこと。格好のネタをいただいたテレビ局各社がはしゃいで伝えているが、腹の中が透けて見えるというもの。小降りの雨が夕方近くになって雪に変わった。が、まったくもって寒くなく、これは雪が積もったところですぐ消えるだろう。

 午後、作品展をやっている友人の作品を見に東銀座へ。駅が歌舞伎座と直結しているもので、地下の売店前は歌舞伎ファンでごった返していた。その間を抜けて小さなビルの2階にある画廊を訪ねる。友人はあいにく不在であったが、本職がデザイナーの彼女が立体物を制作しているとは知らず、感心する。デザイナーはこういうことができるから、羨ましい。その帰りに島根の物産館に寄ったら休館日で、今日は2回連続でアテが外れてしまった。

 時間をなんとか潰して夕方代々木上原でマッサージを受ける。帰りに駅そばで夕食を済まし、帰宅する。なんだかペースが上がらず、仕事を早めに切り上げて雪見酒を楽しむことにした。

24年1月26日(金) 声が出なくなる

 快晴、12℃。

 週の初めに風邪を引き、いつまでも治らない。鼻水がエンドレスに出るは、咳がとまらなくなるはで、始末に悪い。

 夕方、代々木上原でマッサージ。仕事の忙しさではなく、咳こむ日が続いたことでコッてしまった背中を解きほぐしてもらい、少し体が楽になった。その足で虎の子に向かうと、H君が飲んでおり、世間話と仕事の話で酒を飲む。京都帰りのY氏が寄ってくれたが、当方、眼鏡を忘れて掛けていなかったため気づかれず。私の面相、そんなに変わりますかね。

H君と話し込むうちに熱が出てきて、ついには声が出なくなってしまった。これはいかんと店を出て帰宅。ビールを飲み直したが、喉が痛い。今夜は早めに切り上げないとまずいことになりそう。11時前には寝てしまった。

24年1月24日(水) 閑静な都心で昼飯前仕事をする

 快晴、8℃。

 朝8時、ラッシュピークの時間帯に電車に乗って代々木上原、霞が関で乗り換えて某駅へ。9時を回ったというのにここら辺りは住民が少ないのか、はたまた勤め口が少ないのか、ホームはひっそりしていた。都心の超一等地の某駅、下りたのは10年ぶりくらいになるのか。周りの六本木も麻布十番も目が眩むほど風景が変わっているというのに、さほど変わっておらず、逆に驚く。優雅だなぁ。リッチだなぁ。

10時から取材スタート。国の文教政策にも関わる誰もが知る名門大学のお偉い方なのに、どんどん話してくれる、笑わせてくれる。気づけば1時間半。もう少し聞きたいなと思っていたほど面白かった。詳しく書けないのが非常にザンネーン。

時間に余裕があればどこかで昼食を食べて帰りたかったが、夕方に納品しなくてはいけない仕事があり、泣く泣く帰宅。名残オシー。

24年1月18日(木) 渋谷をめぐる

 晴れて13

 夕方4時、渋谷のスクランブルスクエアにて打ち合わせ、1時間半。初めて利用したが、年寄の心に響くものは何もなし。ただビルが高いだけ、にぎやかなだけ。丸の内をつっくた三井には遠く及ばない東急は何をしたかったのだろう

 7時から新年会に参加する予定があったのだが、時間を持て余し、明治通りをふらふら。よさげな立ち飲み屋を見つけ、時間を潰すことにする。最初は外国人だらけだったが、30分もしないで皆さんお帰りになり、日本人のサラリーマンに変わるところがおもしろかった

 仕事関係15人ほどでイタリアンレストランで新年会。少し酔っぱらって参加したのが良かったのか、初めての方ともそれなりに話ができた。建築関係で仙台札幌によく出張するそうで、穴場のおでん屋さんを教えていただく。実りのある新年会でありました

24年1月11日(木) 玄関ドアを交換す

 曇って7寒いけれど正月だからこれくらいでよろしい

 朝イチバンでマンションの玄関を交換。なんとまあ以前住んでいたマンションと同じデザインになる。これで安っぽい開閉音とお別れできる。非常にうれしい。 

 夕方、代々木上原で体のメンテナンス。年末年始の疲れが軽くなる。虎の子に寄るも、先客なし。まあ年明けはこんなものだろう。ゆくりやりましょう

24年1月4日(木) 虎の子、仕事始め

 曇って15℃。正月だというのに。

 何はともあれ、虎の子は本日初営業。こちらもやることがないので、ヒマ潰しがてら仕事を始める。年末に依頼された原稿をのんびり書き始める。某社ホームページに連載している読み物だが、久しぶりだったため勘が戻らず、PCの前で思い悩む。うーん、なんだかな。

 11時前、ツマが「寒い、寒い」と言いながら、帰宅。冬の間は毎度のことだが、本人いわく、鶴見川を越えると寒さが増すらしい。どうなんだろうな。店のほうは、初日から常連さんが来店してくださったもよう。ありがたい限り。どうか穏やかな一年でありますように。

24年1月2日(火) 羽田で飛行機同士が衝突、炎上する

 曇って9℃。

 テレビをつけると、昨日発生した能登半島の地震の被害状況が伝えられていた。道路は寸断され、多くの家が潰れ、輪島の朝市通りは燃えていた。珠洲市は津波の被害も大きかったらしい。「3.11」の記憶が蘇る。正月休みに実家や親戚の家に帰省していて被害に遭った人も多いだろう。あまりに惨い。自然は残酷だ。

 夜、能登の被害状況を伝えていたテレビが、突然羽田空港の中継に切り替わると、そこにも赤々と燃えるものが見える。何事が起こったのかと見ていると、新千歳空港発、羽田行きのJALの飛行機と、能登へ救護物資を運ぶはずだった海上保安庁の飛行機が衝突したという。何たること。

 この時期、帰京する客で飛行機は満席に近いはず。嫌なイメージが広がったが、どうやら全員が避難できたとのこと。本当にそんなことができたのか。海上保安庁の方は亡くなったようだが、300数十名の命は助けられた。クルーたちの冷静な対応には拍手を送りたい。あなたたちは、本当にすごい。 

24年1月1日(祝) 正月のめでたさが大地震で吹き飛ぶ

 快晴12℃。日本晴れ。

 カーテンを開けると、晩秋のような穏やかな日差し。空には雲一つなく、実に気分がいい。雑煮を食べ、近所の熊野神社に初詣で。例年大きな神社に詣でて来たが、参拝の列がとにかく長く、社殿に辿り着くのに時間がかかり過ぎた。で、趣向を変えてみたのだが、これが大正解だった。氏子の皆さんと「おめでとうございます」と声を交わして境内に入ると10人程の列。参拝まで待ち時間はわずか5分で、お神酒とミカンのお年賀までいただいた。素晴らしい。来年もこれでいこう。

 スーパーまで買い物に行き、マンションの植栽に水をやり、風呂に入る。ところまでは良かったが、ツマがすでに入ったものだと勘違いしてお湯を抜いてしまい、初夫婦げんか。うーん。年賀状を読んだりして過ごしていたら、午後4時過ぎ、なんだか船酔いしたような違和感が。電球が大きく揺れた。あわててテレビをつけると、能登半島で大きな地震が発生したらしい。震源地に近い珠洲市は震度7。この数字を見るのは「3.11」以来。津波警報がすぐ出されたらしく、アナウンサーが避難するように絶叫していた。

 輪島は取材で訪れたことがある。海沿いの家はどこも軒が低く、黒くて重そうな屋根瓦が載せられ、厳しい冬の風と雪に耐えている暮らしぶりが想像できた。市内には曹洞宗の大本山、総持寺があって、数ヶ月前に17年前に起きた能登半島沖地震で壊れた建物の修復が終わったニュースを見たところ。大事に至らなければと願いつつ、関東でこれだけ揺れたのであれば、大きな被害は免れようもない。輪島名物・朝市周辺が出火したらしく、テレビでは闇の中に赤々とした火が燃える様子を伝えていた。暗澹たる気持ち。

23年12月26日(火) 荒木町に年末の挨拶に行く

 快晴13℃。しかし、夜中は非常に寒かったのだ。

 午前と午後、2度に分けてマンションのボランティア掃除をフィニッシュ。本来であれば所有者がこんなことをする義理はないのだが、管理人さんが体調を崩してから汚れが落ちきれていないところが目立つようになり、勝手に掃除すること。重たい水バケツを持って階段を上るのは大変だったが、やっとすっきりした。

 夕方代々木上原でマッサージを受け、バンバンに凝った背中を揉み解してもらう。その足で新宿へ向かい、回転寿司で小腹を満たしてから荒木町のバーに年末のご挨拶。運良く他のお客はおらず、ママとNHKの番組「ワンコが家にやってきた(だったか)」をまるまる見てしまう。次の客が顔を出すのをずっと待っていたが、なかなか来ない。しょうがないので焼酎のお湯割をお代わりすると、しばらくして仕事仲間とおぼしき男女が入ってきた。で、席に座って3分、酒が出されると同時に女性が男性にものすごい勢いで説教をしはじめたのである。うーん。男性は人がよく、本当はやらなくてもいい仕事をつい引き受けてしまうらしく、女性はそれがイライラスルらしい。「人がいいのも大概にしなさい。なんでアンタがそこので引き受けるの」とド迫力。隣に座っているこちらまで、シュンとした気分にさせられた。うーん、割に合わない。退散したくてもまだ酒がたっぷり残っていて、このタイミングでは席を立てないではないか。

 そうこうするうちに、今度は70歳くらいの男性3人がドヤドヤと来店。渋谷で忘年会に参加した後、流れてきたのだとか。すると酒の用意とおつまみのセットで忙しく、ママさんにお勘定を告げることも躊躇われる。その間、いいトシしたジジイが韓国のアイドルグループにはまっているとか、韓国は外交力がすごいとか。左耳からも、右耳からも聞きたくない話がドカドカと入ってくる最悪の状況が20分も。やーっとお勘定することができた。あー、疲れた。帰りしな説教女子が「良いお年を」と声を掛けてくれたが、複雑な気分になった。

 世間は今日が最終日だったらしく、新宿通りは忘年会帰りの人の波。丸ノ内線も小田急線も、社内はめちゃ込みだった。自宅がある駅で降りると、都心と3度ほども違い、空気がひんやりとしていて、北国育ちとしては懐かしく思える。空には小望月。今年もあと5日。早いなぁ。

23年1217日(土) 風呂帰りに居酒屋を放浪する

 晴れて17℃。師走だというのに、この気温はないなぁ。

 午後3時回って電車で小田急読売ランド前。そこからバスで丘の湯という巨大銭湯へ久しぶりに向かう。よみうりランド遊園地ではクリスマスイルミネーションをやっているそうで、バス停は若いカップルと女の子グループが長蛇の列。満員で3本見送り、ようやく乗ることができた。銭湯内はいつもの週末と変わらないくらいの混み具合。ゆず湯、ジャグジー、ドライサウナ、ミストサウナ、露天風呂を回り、たっぷり汗を流してさっぱりする。

 小田急読売ランド前まで戻り、電車に乗り換えて隣町へ。最初の焼鳥屋に振られ、沖縄料理屋に振られ、駅前の焼鳥屋にも振られ、せっかく温まった体が湯冷めしそうになる。最後にダメモトで2度ほど入ったことのあるコの字酒場を覗くと、ほぼ予約で席が埋まっており、奇跡的に入ることができた。探し始めて、都合30分放浪。

 焼き鳥、レバーのタタキ、煮込みが上の出来。1人で店を仕切っているのに料理がとにかく早くて感心する。それでいて、味はマアマア、値段はソコソコ。これ以上何を望むものなし。今はこれくらいの幸せがちょうどいい。 

23129(土)  紅葉の葉を落とす

 快晴、17℃。

 仕事でずっと座っているのに飽き、気晴らしに 紅葉の葉を落とすことにする。今年は夏の猛暑でどうなるかと思ったが、大風の日が少なく、ここに来て一日の寒暖差が大きい日が続いたためきれいに色着き、去年より長く楽しめた。窓の外が急に明るくなり、冬の深まりを感じる

 夕方、蕎麦屋に行くつもりが店主が風邪を引いたとかで急遽お休みに。しょうがないので駅近に中華屋にでかけるお疲れセットを頼んで後は適当に頼むつもりが、料理がしっかり1人前あり、食べきれない。それでも好物のチャーハンまではと頑張って食べたら、腹がパンパンに。酒が入る好きがなくなった。ああ何たることよ

23122日(土) 引っ越しコンサートにお邪魔する

 快晴、13℃。

 3時過ぎ外出、店のご常連でクラシック音楽家夫妻が仮住まい宅を引っ越すので大家さん(こちらも常連様)への感謝を込めて自宅でコンサートを開くとのことで、のこのこツマの後に着いていく。お宅を訪ねると奥さんと大家さんが料理を準備してくれており、こちらは飲み食いするのみ。以前そこで学習塾を開いて規模を大きくしたカップル(こちらも常連様)も交えて和やかに宴会を楽しむ。同年代と話すのは肩が凝らなくていい大家さんがふるさと納税でゲットした牛たんがぜっぴん音楽家がつくる野菜料理を素晴らしい

 結構でき上がったころにサキソフォン奏者のご主人帰宅。奥さんのピアノで3曲演奏を聴く。実に優雅。実に贅沢。酒が止まらなくて困ほど。9時にはすっかり出来上がり、辞去する。駅までの帰り道、ツマがこけて顔を打撲。なーにやっているんだか。